アリスズ

 リサーの叔父の屋敷まで、スレイは同行した。

 顔を見せるというほどでなくとも、存在だけは明らかにしておかせると、ロジューには言われていたのだ。

「あらあらお帰り。長い仕事だったね」

 女中頭のネラッサンダンは、景子の顔を見るや嬉しげに笑った。

「はい、いま帰りました」

 ぺこりと頭を下げていると、ネラの視線は既にスレイに向けられていた。

 フードをかぶったままなので、気味が悪く思われているのかもしれない。

「あ、あの…イデアメリトスの妹君のご紹介で…その」

 教えられた通りの言葉で、景子があうあうと不慣れな言葉を紡ごうとしたら。

 先に、ネラがにんまりと笑った。

「ああ、そうかいそうかい…すごい御方に紹介してもらったんだね。よかったねえ。30過ぎてるって聞いて心配してたんだよ」

 あはははは。

 あっという間に理解され、笑いながら景子の腕をばんばんと叩く。

「あ、じゃあ、どこかに引っ越しするのかい?」

 はっと気付いた顔で、そう問いかけられた。

「い、いえ…彼はイデアメリトスの妹君のところで働いているので、このまま隣領に帰ります。私は、もうしばらくこちらのお世話になります」

 嘘をつくのって、すごくドキドキするものだ。

「そうかいそうかい。お勤めがあるんじゃしょうがないね」

 この場合のドキドキを、ネラは違う意味だと理解してくれたようで。

 胸が痛いなあ。

 景子は、あうあうと心の中で唸った。

「では…行くぞ」

 小さく、スレイが声をかけるのに、景子はこくこくと頷いた。

 護衛ありがとうございました、と言おうとした口に、ストップをかけると、他の言葉が見つけられなかったのだ。

 自分の夫役の相手に、ありがとうございましたもないのだから。

 去っていくスレイを、ネラと見送っていると。

「あんた…多分、子供を授かってるよ。そんな顔をしてる…大事にしないとね」

 ネラが、にっこりしながら物凄いことを言い当ててきた。

 景子の心臓は、どきっと飛び跳ねる。

 さすがは、経験者。

 魔法なんかなくても、彼女は簡単にそれを言い当ててしまった。
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