アリスズ
☆
翌朝早く。
景子は、自室に戻ろうとした。
アディマのかけてくれた影の魔法のおかげで、ほとんど人目につかずに西翼へと帰れたのだ。
だが。
自室の前に、ロジューの部屋があり。
その部屋の前を通り過ぎる時、扉が開いたのだ。
にゅっと伸びてくる褐色の腕が、景子の襟首を掴んで部屋に引っ張り込む。
「お早いお帰りだな」
影の魔法は、イデアメリトスには効かないのか。
それとも、東翼に入ったら切れるようになっていたのか。
よく分からないまま、軽く彼女はロジューに捕獲されたのである。
「お、おはようございます」
朝帰りのことを、責められるかと思った。
「私はすぐに戻らねばならなくなった…いま、朝食の準備をさせているから、ちょっと付き合え」
ロジューは、ぶすったれた顔でソファに強く座り込むのだ。
はぁ、と景子は向かいに小さく座る。
大急ぎで運ばれる朝食が並んで行くのを見ながら、景子は不機嫌な表情を変えない彼女の顔をちらちらと見ていた。
使用人が下がると、おもむろにロジューはパンを掴み上げた。
「昨日、歌を歌う者の話をしたろう」
あー。
アディマの喉の異物の話を思い出して、景子はどんよりした。
最初は、好奇心を隠さなかったロジューだというのに、一晩でこの表情である。
「兄者に言われてな…私が先鋒で行くことになった」
パンにかぶりつきながら、彼女は言葉とともに奥歯で何かを噛みしめていた。
「歌う者が魔法を使う者であったならば、イデアメリトス以外がいっても返り討ちにあうだけだからな」
返り討ち。
その不穏な言葉に、景子はぞくっとした。
イデアメリトスならば、対等に戦えるかのような表現だったのだ。
そんな。
「おなか…子供がいるのに」
遠い旅路の荒事に、ロジューを使うのか。
景子は青くなった。
ちらりと、彼女は自分の腹部を見る。
「しょうがあるまい…イデアメリトスにとって、私とこの子が、一番優先順位が低いのだ」
ロジューは、割り切った物言いをしていたが──苦い表情だけが、全てを裏切っていた。
翌朝早く。
景子は、自室に戻ろうとした。
アディマのかけてくれた影の魔法のおかげで、ほとんど人目につかずに西翼へと帰れたのだ。
だが。
自室の前に、ロジューの部屋があり。
その部屋の前を通り過ぎる時、扉が開いたのだ。
にゅっと伸びてくる褐色の腕が、景子の襟首を掴んで部屋に引っ張り込む。
「お早いお帰りだな」
影の魔法は、イデアメリトスには効かないのか。
それとも、東翼に入ったら切れるようになっていたのか。
よく分からないまま、軽く彼女はロジューに捕獲されたのである。
「お、おはようございます」
朝帰りのことを、責められるかと思った。
「私はすぐに戻らねばならなくなった…いま、朝食の準備をさせているから、ちょっと付き合え」
ロジューは、ぶすったれた顔でソファに強く座り込むのだ。
はぁ、と景子は向かいに小さく座る。
大急ぎで運ばれる朝食が並んで行くのを見ながら、景子は不機嫌な表情を変えない彼女の顔をちらちらと見ていた。
使用人が下がると、おもむろにロジューはパンを掴み上げた。
「昨日、歌を歌う者の話をしたろう」
あー。
アディマの喉の異物の話を思い出して、景子はどんよりした。
最初は、好奇心を隠さなかったロジューだというのに、一晩でこの表情である。
「兄者に言われてな…私が先鋒で行くことになった」
パンにかぶりつきながら、彼女は言葉とともに奥歯で何かを噛みしめていた。
「歌う者が魔法を使う者であったならば、イデアメリトス以外がいっても返り討ちにあうだけだからな」
返り討ち。
その不穏な言葉に、景子はぞくっとした。
イデアメリトスならば、対等に戦えるかのような表現だったのだ。
そんな。
「おなか…子供がいるのに」
遠い旅路の荒事に、ロジューを使うのか。
景子は青くなった。
ちらりと、彼女は自分の腹部を見る。
「しょうがあるまい…イデアメリトスにとって、私とこの子が、一番優先順位が低いのだ」
ロジューは、割り切った物言いをしていたが──苦い表情だけが、全てを裏切っていた。