アリスズ

「そんなの、そんなの!」

 景子は、ロジューに訴えようとした。

 まるで彼女が、イデアメリトスのために生贄にされる気がしたのだ。

 確かに、魔法を使える三人の中では、一番位は低いかもしれない。

 だからと言って、もし死んでも影響がないから、みたいな使い方をされるのはおかしいと思ったのである。

「心配するな…うまくやれば死にはせんし、子供も無事だ」

 景子の心配ぶりが余りにひどかったのか、あのロジューに逆にフォローされる始末だ。

 だが、彼女の心配はロジューだけではなかった。

 向こう側には、菊がいるかもしれない。

 ロジューVS菊、あるいはスレイVS菊ということになったら、景子はどうすればいいのか。

 どちらが倒れても、彼女は長い嘆きに捕らわれるだろう。

 と、止めなければ。

 ロジューを、ではない。

 彼女は既に、兄──イデアメリトスの君主から命令されているのだ。

 それを、景子が覆すことは不可能である。

 止めるのは。

 菊とぶつかり合うことだ。

 もし、本当に向こうの魔法を使えるものと菊が一緒にいるというのならば、きっと話し合える。

 戦いを始めてしまう前ならば、きっと方法があるはず。

「わ、私も連れて行って下さい!」

 景子は──決意した。

 自分が身重であるとか、行った先がどれほど危険なのかとか、そんなことはどうでもよかった。

 ロジューが、自分をそう使うというのならば。

 景子もまた、自分をこう使うと決めたのである。

 イデアメリトスの日向花は、目を丸くした。

 そして。

 大笑いを始めたのだ。

「あっはっはっは…そんな男前な目で口説かれたら、よろめいてしまいそうじゃないか」

 景子の言葉を茶化しながら、ロジューはさっきまでの憂鬱を忘れたかのように、長く笑い続けたのだった。
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