アリスズ

 景子は、考えたのだ。

 彼らが向かう先にいるのが、菊だと仮定して。

 彼女が、何故その魔法の歌を歌う人と一緒にいるのか。

 おそらく、気に入ったから。

 何か、菊の心を動かすものを持っていたからだろう。

 魔法の歌の話は、少しだけロジューから聞いた。

 月の者ではないか。

 そう言われたために、景子の頭の中からアルテンは消えたのだ。

 彼は、領主の息子なのだから。

 見知らぬ男が、もし危険になった時──菊は、彼を見捨てるだろうか。

 無理だ。

 袖すり合うも他生の縁。

 相手が誰だろうと、絶対にいま横にいる相手を守るだろう。

 そこが、菊の菊たるゆえん。

「ダイさん…」

 昼食休憩時。

 荷馬車から降りた景子は、さりげなく彼の近くに行った。

 視線が動いて、ダイは景子を認識する。

「もしかしたら、菊さんがいるかもしれません」

 その視線が、わずかに下に向く。

「聞いている…」

「あの…私…菊さんを説得したいと思ってます」

 景子が、自分の思いを口にした時、一瞬ダイの動きが止まった。

 そして。

 ふっと笑ったのだ。

 苦笑気味に。

 あぁ。

 心を読まれた気がした。

 あの菊が、説得ごときで折れるかどうか。

 ダイの方が、よほど彼女のことを分かっているように笑ったのだ。

 もう既に。

 彼は、最悪の場合、菊と剣を交えることまで想定しているかのようだった。

 しょぼん。

 根回し作戦──またも失敗。
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