アリスズ

 翌日。

 ようやく梅が、普通どおりに動けるようになった。

 身仕度を整えた彼女が、ふらりといなくなったのは気になったが、菊がまったく心配している様子はなかったので、景子もそうすることにしたのだ。

 一時間ほどして帰ってきた梅は――着物姿ではなくて。

「梅さん!」

 襟元に綺麗な刺繍のほどこされた、上品なロングワンピースのような姿。

 女主人の、重ね着した重そうな衣装と違って、若々しく動きやすそうに見える。

「き、着物はどうしたんですかっ!」

 慌てふためく景子を前に、彼女はにこりと微笑んだ。

「イエンタラスー夫人に差し上げました」

 そして、事もなげに言い放つ。

 イエンタラスー夫人なんて呼ぶ相手は、あの女主人に違いない。

 着物に、ずいぶん執心していたようだったのだから。

「だって…着物……」

 ワンピースも、よい仕立てのようだが、着物と秤にかけるには意味合いがかなり違う気がする。

 その気持ちを、景子はうまく伝えきれずにいた。

「ここに置いてもらえることになったので、お礼ですよ。大丈夫です…着物が欲しくなったら、また作りますから」

 しかし、梅はまったく気にしている素振りはない。

 その上。

 つ、く、る?

 景子には、想像さえ難しい発言が出たのである。

「梅の普段着は、大体自作だからね」

 菊のさらっとしたフォローに、景子は軽いめまいがした。

 そっか、和裁…和裁があるんだ。

 短大には服飾科もあり、そこでは和裁なる科目もあったことを思い出す。

 だが、高校生くらいの子に、負けた気が否めない景子だった。

「そして、これがあなた方の旅の服です」

 手に抱えていた布を、梅は差し出す。

「手回しのいいことで」

 菊は、微妙な表情で布をつまみ上げた。

 上下セパレーツの服だ。

 スカート型とズボン型がある。

 菊は――無言でズボン型を取った。

 あっ。

 景子が負けた、と言う意味だった。
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