アリスズ
×
 領主の屋敷に先に戻ったダイは、イデアメリトスの君の前へと参じた。

 彼の命を救った叔母君も、そこには同席している。

 彼女は、片方の長いソファを独占するように、身体を寝そべらせていた。

「申し上げます…」

 そんな二人の前に膝をつき、ダイは出来るだけゆっくりとそう宣言した。

 これから、自分が言おうとしていることを、出来る限り誤解なく伝えるためだ。

「噂の元と思われる二人組と…町で会いました」

 よみがえる記憶をたどりながら、はっきりと言葉にする。

「二人は今夜…この屋敷を訪問します」

 ここにいるのは、イデアメリトス二人。

 だからこそ、ダイは逆に事実のみを言葉に出来たのだ。

 何故に捕まえてこなかった、という叱責が来ることは──まったく考えてもいなかった。

 彼らの思考は、貴族たちさえも到底届かないところを飛んでいるのだ。

「そうか」

「ほう…面白いことになったな」

 イデアメリトスの君も叔母君も、どちらもダイの報告を静かに受け止める。

 軽く、ではない。

 二人とも、その意味を噛みしめているのだ。

「ダイエルファン…」

 イデアメリトスの君は、彼に呼びかける。

「君は、どう思った?」

 問いかけに、一度瞼を伏せる。

 報告だけで済むとは、思っていなかった。

「分かりません…」

 感想など、言えるはずなどない。

 本当に、分からないのだ。

 大した学が、あるわけではなく、言葉がうまいわけでもない。

 イデアメリトスの君に、分かりやすくこの感覚を説明することなど、出来はしなかった。

「ただ、二人の内片方は…彼女でした」

 彼が、伝えられるのは事実のみ。

 彼女。

 名前を呼べない病は、まだ身の内に巣くったままだった。
< 340 / 511 >

この作品をシェア

pagetop