アリスズ

 梅の旅路は、アルテンの提案で、普通の人が歩いて向かう程度の速度で安定した。

 本来、荷馬車の旅は、御者が交代で一日のほとんどを移動し続けるものだ。

 馬と呼んでいる犬のような生き物は、とにかくタフで、1日数時間の眠りで進み続けられる。

 その移動を、梅が眠っている間だけにしたのだ。

「昼間は出来るだけ動いた方がいい…身体に障らない程度には」

 アルテンに言われ、梅は苦笑した。

 動いて、疲れて、ぐっすり眠れと言っているのだ。

 ぐっすり眠れば眠るほど、その分旅路は進むのである。

 長く眠ることが、自分のため、人のためとなるのならば。

 梅は、気分のいい時は、徒歩で少しずつ進むことにしたのだ。

 とはいうものの、彼女の歩ける距離など、たかが知れている。

 荷馬車はすぐに、進んだ距離を追いつける。

 兵士は、一人になったまま。

 その代わり、アルテンが入ってくれたのだ。

 兵にも、派閥や縄張りがあり、ほいほいと他の地域の兵士を駆り出すことは難しいようだった。

 その辺りの、融通の利かなさは気になるところだ。

 国が巨大で、役人の動きが重い。

 そんな、この国の体制に関することを考えながら、梅は歩き、荷馬車にゆられて眠った。

 ゆっくりと、だが、確実に都に近づく彼女は、途中でリクと再会する幸運に恵まれた。

「テイタッドレック卿の御子息が、御者台に乗ってらっしゃったので…」

 都からの帰り道という彼は、たくさんの嬉しいことを梅に伝えてくれた。

 景子が妊娠していること。

 菊が、都にイデアメリトスのお墨付きで道場を建て始めたこと。

 そして、景子が農林府でやろうとしていること。

 報告の後、ふとリクは考え込む仕草を見せた。

 視線を、彼女に向ける。

「他の町との間で、情報を血液のように流す…意味は、分かりますか?」

 言葉には、微かな怪訝があった。

 彼自身、そのビジョンははっきり見えていないようだ。

 この言葉を、菊が言ったとは思えない。

 言うとするならば、景子だろうか。

 梅は、にこりと笑った。

「ええ…とてもよく分かるわ」
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