アリスズ

「私を、知っているのか」

 年の頃は、三十ほど。

 しかし、どこからどうみてもイデアメリトスの男だった。

 これが、いまのこの国のトップ。

「はい、肖像画で拝見致したことがございます」

 まだ、梅はこの部屋に一歩も立ち入ってはいない。

 顔を上げ、にっこりと微笑んだ。

 イデアメリトス代々の肖像画は、神殿には必ず飾ってあるという。

 彼らこそが、宗教のご神体のようなものなのだから。

 旅の途中に、中規模の神殿があり、そこで梅は顔を知ったのだった。

「まったく、異国の女は揃いも揃って強いな…近こう」

 どうやら、梅の存在を許容してくれたようだ。

 彼女が部屋へと歩み入ると──後ろでゆっくりと扉が閉ざされる。

「彼女が、お前の三番目の刺客か」

 そして、君主は息子を見やるのだ。

 久しぶりの彼は、また大人びた気がする。

 髪も大分伸び、年齢の加算はゆるやかになっているはずなのに。

「ええ、そうですよ」

 父親の表現に、かの君は苦笑して答える。

「ふむ…一人目は農業の知識があり、二人目は剣の腕が素晴らしかったな…で、お前は何が出来るのだ?」

 厳しい視線だった。

 アラを探したいと願っている視線、と言った方がいいか。

 たいしたことない女だと良いと、願われているのだ。

 ああ、もう。

 梅は、微笑みそうになる唇を止めた。

 異国の娘たちの風変わりな才能に、食傷気味になってきたのだろう。

 いや、異国と自国の間の差の大きさが、女性だからこそはっきりと分かると言うか。

「はい、私は『1』を持って参りました」

 呼吸を整え、梅は指を一本立てる。

「1…だと?」

 ますます、険しくなる目元。

「はい、0ではなく1です」

 取り出せるのは、頭の中におさまっている知識のみ。

 だが、0に何を掛けても0だが、1ならば無限に広がる可能性がある。

 そう。

 梅が抱えて来たのは──可能性というものだった。
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