アリスズ

「梅さん!」

 部屋に入って来た景子が、おもむろに駆け寄ってくる。

 梅は、驚いた。

 子供が出来たとは聞いてはいたが、かなりおなかが大きくなっていたのだ。

 そんな身体で。

 走らないでー。

 思わず、梅は彼女の身体を気遣って、両手を伸ばしてしまった。

 それを、どう考えたのだろう。

 景子も両手を広げて、その手を取る形で止まったのだ。

「よく無事で!」

 手を握り、全身で嬉しさをはじけさせながら、彼女は本当に梅の到着を喜んでいた。

 よく無事でと、まさに今言いたいのは梅なのだが。

 宮殿の西翼というところに、梅は一時的に部屋をいただいた。

「おなかは…大丈夫ですか?」

 はしゃぐ景子を嬉しく思いながらも、心配は尽きない。

 頭の中では、妊娠がどういうものかは分かってはいるが、こうして目の前に大きなおなかがあると不思議でしょうがなかった。

「すごく良い子たちですよ。全然具合も悪くないですし、毎日元気に畑を走り回ってるくらい」

 さらりと、彼女は「子たち」と言う。

 子供が出来たとは、リクから聞いてはいたが、「たち」とは。

「双子、なんですか?」

 問いかけに、景子がにこにこと頷く。

 双子を連れてこの世界に来た景子が、双子を産む。

 因縁めいたものを、感じずにはいられなかった。

 そわそわと居心地が悪そうなエンチェルクが、景子と梅を見ている。

 席を外した方がいいか、考えているのだろうか。

「あ、景子さん。こちらエンチェルク。私を助けるために、一緒に来てくれたんです」

 側仕えという言葉では言いあわらせないほど、梅にとっては頼れる存在だ。

 だから、きちんと紹介した。

 景子は、ぱぁぁっと表情を明るくして、エンチェルクを見る。

「梅さんがお世話になってます!」

 梅のことなのに、彼女はとても嬉しそうだった。

 身内のお礼を言うように、エンチェルクに言葉をかけるのだ。

「あ、あの、いえ…」

 その勢いを、うまく受け止めきれなかったようで──エンチェルクは、目を白黒させたのだった。
< 381 / 511 >

この作品をシェア

pagetop