アリスズ
○
「菊さんも、この西翼に仮住まいされてます」
景子の言葉は、衝撃的だった。
愛すべき片割れは、すぐ側に梅が来ていながら、顔さえも出さないのだ。
だが、よく考えるまでもなく、おとなしく室内に閉じこもっている人間ではない。
おそらく、ここには寝に帰って来ているようなものだろう。
「昼間は、詰所の方で剣を教えてるみたいですよ」
景子の補足は、その予想を裏付けてくれた。
剣を。
血生臭くない剣術を、ようやく菊が人に教えられるようになったという事実は、梅にとっては嬉しいことで。
こちらの世界に来てからというもの、菊はずっと命の取り合いのために刀を抜いてきたのだ。
ようやく、落ち着いた平和的な居場所が、出来ようとしているのか。
久しぶりに、そんな菊を見たいと思った。
「詰所…」
どう行けばいいのだろう。
梅は、唇の中で復唱しながら、そう考えかけた。
その速度より。
「詰所なら、東翼の裏の方です…一緒に行きましょう」
景子のテンションの方が、速かった。
着物姿の梅の手を、彼女は引っ張って行こうとする。
「あ…でも、景子さん。そんなおなかで…」
東翼と言えば、反対の建物だ。
その裏にまで行くとなると、結構な距離ではないのだろうか。
「たまにしか来ないんですが、すっかり風物詩になってるみたいなんですよ。菊さん」
言葉のキャッチボールは、成立していなかった。
梅の投げた言葉を受け止めず、違うボールを違うところへと投げ返すのだ。
「風物詩?」
奇妙な表現への好奇心と、元気な景子の様子に逆らえず、梅は部屋を出た。
エンチェルクが、慌ててついてくる。
「そう…菊さんが出てくると、いつの間にか観客がいっぱい」
彼女の言葉に、梅は遠い目をしてしまった。
うちの相方は── 一体、何をしているのだろうか、と。
「菊さんも、この西翼に仮住まいされてます」
景子の言葉は、衝撃的だった。
愛すべき片割れは、すぐ側に梅が来ていながら、顔さえも出さないのだ。
だが、よく考えるまでもなく、おとなしく室内に閉じこもっている人間ではない。
おそらく、ここには寝に帰って来ているようなものだろう。
「昼間は、詰所の方で剣を教えてるみたいですよ」
景子の補足は、その予想を裏付けてくれた。
剣を。
血生臭くない剣術を、ようやく菊が人に教えられるようになったという事実は、梅にとっては嬉しいことで。
こちらの世界に来てからというもの、菊はずっと命の取り合いのために刀を抜いてきたのだ。
ようやく、落ち着いた平和的な居場所が、出来ようとしているのか。
久しぶりに、そんな菊を見たいと思った。
「詰所…」
どう行けばいいのだろう。
梅は、唇の中で復唱しながら、そう考えかけた。
その速度より。
「詰所なら、東翼の裏の方です…一緒に行きましょう」
景子のテンションの方が、速かった。
着物姿の梅の手を、彼女は引っ張って行こうとする。
「あ…でも、景子さん。そんなおなかで…」
東翼と言えば、反対の建物だ。
その裏にまで行くとなると、結構な距離ではないのだろうか。
「たまにしか来ないんですが、すっかり風物詩になってるみたいなんですよ。菊さん」
言葉のキャッチボールは、成立していなかった。
梅の投げた言葉を受け止めず、違うボールを違うところへと投げ返すのだ。
「風物詩?」
奇妙な表現への好奇心と、元気な景子の様子に逆らえず、梅は部屋を出た。
エンチェルクが、慌ててついてくる。
「そう…菊さんが出てくると、いつの間にか観客がいっぱい」
彼女の言葉に、梅は遠い目をしてしまった。
うちの相方は── 一体、何をしているのだろうか、と。