アリスズ

 景子は、朦朧としていた。

 枕もとで、ネラッサンダンが何度も何度も叫んでいるが、よく聞こえない。

 聴覚の音量調節が死んだのか、脳の言語中枢が死んだのか。

 目の前が、赤くなったり暗くなったりして、意識も行ったり戻ったり。

「景子さん」

 暗くなる視界の中、クリアに聞こえてくる声があった。

「景子さん…男の子よ。二人とも、男の子よ」

 日本語、だった。

 生まれつき、骨までしみついたその言葉は、どんな音よりも明確に景子まで届いたのだ。

 ああ。

 視界が、明るくなる。

 天井が見える。

 耳をつんざくのではないかと思える、赤ん坊の泣き声が輪唱する。

「梅さん…菊さん…」

 べたつく口の中では、うまく舌が回らない。

 けれども。

 その二人の腕の中に、一人ずつ抱かれている小さい身体は目に入った。

 産まれた時から、浅黒い肌なのが分かる。

 父親の血のおかげだ。

「おめでとう…強い子に育ちますように」

 おぼつかない腕で抱く菊が、泣きわめく子に語りかける。

「おめでとう。賢い子に育ちますように」

 梅は、優しく抱いた子に囁く。

「さあ、お母さんにお乳をもらわないと」

 抱えてこられる、二つの命。

 菊の抱いている子は、左目の下に小さなほくろが二つ並んでいた。

 その子を、おっかなびっくり受け取る。

 重い。

 でも、とても不安定だ。

 痛いほどに、自分の乳が張っているのが分かる。

 元気よく泣きわめく子の唇に、おそるおそる乳首を近づけると。

 一瞬にして吸いつくや、泣きやんだのだ。

 懸命に、本当に懸命に乳を吸う子。

 ああ。

 私が産んだんだ。

 ようやく、景子はそれを実感したのだった。
< 389 / 511 >

この作品をシェア

pagetop