アリスズ

 産毛のような黒髪を。

 アディマは、一本ずつ赤ん坊の頭から抜いた。

 テルが、それに過敏に反応して、泣き出しそうになる。

「こんなこと、何でもないよ」

 菊が、静かに一言つぶやくと。

 泣きかけたテルが、ぴたっと止まる。

 景子は、それにちょっと感心してしまった。

 彼女ならば、絶対にテルを大泣きさせてしまっていただろう。

 アディマは。

 右の掌と左の掌に、その短い髪を握りこんで──目を閉じた。

 ないと、いいな。

 景子は、そんなことを祈った。

 力なんて、ないといいな。

 もし、そうだったなら、自分とアディマの関係が、ここで終わるのだと、心のどこかで分かっていた。

 魔法の力を受け継げないのならば、景子が子を産む意味などないと、彼の父親が考えるからだ。

 別の親戚が、正式な妻に座る。

 そんなこと、ちゃんと分かっている。

 アディマのことは、変わらず愛している。

 その気持ちに、これっぽっちの陰りも嘘もない。

 でも。

 この子たちと、離れたくなかった。

 普通の子として、泥とたわむれて、世間の中で育って欲しい。

 そう、願ってしまった。

 女と母の板挟みの中。

 アディマが、ゆっくりと目を開けた。

 その目が、まっすぐに景子に向けられる。

 唇が。

 開く。

「うん…まさしく僕の子だ」

 アディマは、嬉しそうだった。

「二人とも…立派なイデアメリトスだよ」

 喜ぶ彼と正反対に、景子はゆっくりゆっくりと沈んでいったのだった。
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