アリスズ

 おさまるべきところに、おさまったか。

 菊は。

 少し、残念だった。

 景子が、御曹司と結婚することが決まったのだ。

 残念だな。

 腕の中のテルを、彼女は見下ろした。

 せっかく、道場で五人で暮らそうと思っていたのに。

 大人三人、子供二人。

 そこで子供の面倒でも見ながら、菊は剣術を教えようと思ったのだ。

 そうすれば、景子は仕事にも行くことが出来る。

 そんな、ささやかな夢は、御曹司にかっさらわれた。

 まあ。

 菊も、いつまでもここに、とどまるかどうかは分からない。

 ただ、景子や子供がとどまる材料になるかもしれない、くらいは考えていたのである。

 結局、御曹司はうまくやったのだ。

「テルに伝染するわよ」

 くすっと、梅に笑われる。

 嫌な女だ。

「また、梅と二人か…」

 見慣れた、お互い知っている人間と一緒にいるのは、困りもしないし疲れもしない。

 だが、何の新鮮味もない。

 菊は、この子たちにどれほど振り回されるのか──それを楽しみにしていたのだ。

「心配いらないわよ。景子さんは、おとなしく宮殿におさまってる人じゃないもの」

 そんな梅の声は。

 この物語の、主人公の二人にも聞こえたようで。

 景子が、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

「農林府の仕事は…続けても、いいかなぁ?」

 その笑みの陰から。

 彼女は、とても彼女らしい発言をしたのだ。

「あはははは。お妃さまは、外で働きたいらしいな」

 菊は、こらえきれずに笑ってしまう。

 御曹司は、困った笑みを浮かべて。

 やはり、景子はこうでなくては。

 残念な気分は、あっという間に消え失せてしまっていた。
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