アリスズ

 ふわあ。

 エンチェルクが、大きなあくびをしかけて、慌てて止めた。

 宮殿にある、梅用の執務室でのことだ。

 東翼の一室を、彼女は頂いていた。

 昨夜、随分遅くまで月見をしていたせいだろう。

 最初は、びくびくしていたエンチェルクだったが、星をつないで何に見えるか、などという星座ごっこなどをしている内に、月への抵抗も大分薄れたようだ。

 天文学もいるわね。

 この国では、おそらくほとんど発達していないだろう学問のことを、梅は考えていた。

 そんな時。

 ノッカーが鳴った。

 リサーだった。

 あら、珍しい。

「東翼長殿、いかがされました?」

 梅は、もったいぶった役職名で、彼を呼んだ。

 役職と言うのは、不思議なものだ。

 身分のことを考えると、名前を呼ぶのは憚られるが、役職であれば楽に口に出せる。

「一人、側仕えを連れてきた」

 そんな、未来の賢者様は、不思議なことを言い出した。

 側仕え?

 梅は、ちらりとエンチェルクをみやる。

 それなら既に、一人いるではないか、と。

「私の姉の子だ…ヤイクルーリルヒという」

 リサーの後ろから出てきたのは──プチリサーだった。

 これはまた、彼の一族の血がより強く遺伝したとしか思えない、立派な面構えの少年。

 ははーん。

 梅は、彼の意図が読めた。

 リサーは、これまでもことあるごとに、梅から知識を引っ張り出したがっていたのだ。

 のらりくらりと彼女がかわすので、甥を使って情報を手に入れようというのか。

 要するに──スパイ。

「私は、梅よ。ヤイクルーリルヒ…よろしくね」

 それが分かっていながら、梅は快く彼を受け入れた。

「………」

 しかし、プチリサーことヤイクは、恨みがましい目を自分の叔父に向けるだけで、梅には何も言葉を返さなかったのだった。
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