アリスズ

「おい、女」

 ヤイクは、やんちゃな子だった──貴族の子息的な意味で。

 側仕えとして連れてこられた自覚は、一切ない。

 この空間にいる女性たちを、完全に下に見ているのだ。

「私は梅、こちらはエンチェルク…あなたの先輩よ」

 梅は、穏やかにもう一度自己紹介をした。

「フン…庶民の女のくせに生意気だな」

 だが。

 ヤイクの耳には、うるさい蝿くらいにしか聞こえていないらしい。

 梅は、瞳を細めて小さい貴族様を見た。

「庶民の女に仕えるのが苦痛だと思うのなら、それを何故叔父様に言わないの?」

 スパーーン!

 その鼻先に、言葉のハリセンをぶちかます。

 うぐぅ。

 ヤイクは、息を飲んだ。

「そ、それは…叔父上様がどうしてもって言うから…仕方なくだ」

 語気を弱めながら、彼は目をそらす。

「仕方なくやっていただく仕事は、ここにはありません」

 スパパパパーン。

 言葉ハリセンに気おされたのか、ヤイクは二歩後ろに下がった。

「い、いいのか? そんなこと言って! 叔父上様に言いつけたら、お前なんかすぐここから追い出されるんだぞ!」

 虎の威を借る狐さんだこと。

 後ろ盾があるおかげか、大変威勢がよろしい。

「どうぞ、言いつけに行ってらっしゃいませ」

 梅は、にっこり微笑んだ。

 怒りにか、ヤイクの顔が赤く染まる。

 そのまま、部屋を飛び出してしまう。

「よ、よろしかったんですか?」

 エンチェルクが、心配そうに梅を覗き込む。

「困ることは、何もないわ。どうなっても大丈夫よ」

 言いながら、梅は二人の女性を思い浮かべた。

 菊と景子だ。

 身分の壁を破るのが──この世界で一番得意な二人だった。
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