アリスズ

 ヤイクが戻ってくるまで、軽く二時間が経過していた。

 自分の中のプライドや、これまでの貴族生活が、彼の心を落ち着かせるのに、それほどの時間が必要だったのだろう。

 目が真っ赤になっているのは、泣いたせいだろうか。

 結局。

 ヤイクは、ここから離れることを許されなかったのだ。

 リサーによって。

 まだ、たっぷり利用価値があると思われてるわね。

 実利主義のリサーが、甥のわがままを許さない程度には、彼女の脳みそは必要とされているらしい。

「ウメとエンチェルクって呼べばいいのか?」

 不承不承。

 こう呼べば、いてもいいんだろう。

 そう言わんばかりだ。

 さっき、捨て台詞を吐いて出て行ったことは、ヤイクとしては蒸し返されたくなかろう。

「改めて、ヤイクルーリルヒ…よろしくね」

 梅も、鬼ではない。

 そんな細かい部分を、つつき回していじめる気などなかった。

 だから、彼を笑顔で迎え入れる。

「で…いま、ウメは何をしてるんだ?」

 まだ、折れきれていない自尊心を振りかざす病気は、そのうち少しずつおさまってくるだろう。

「運輸組織を作ろうと思ってるの」

 広げた地図には、いくつも針をつきたてている。

 まずは、この都の位置。

 そして、都を取り囲むようにある、4つの中季地帯の神殿。

 北東の捧櫛、北西の捧剣、南東の捧舞、南西の捧帯。

 それから、東の果てと西の果てにある、いくつかの港町。

 この国の、大動脈の運輸網を築こうというのだ。

 しかも──国庫のお金を使わずに。

 商売人を使うのだ。

 稼ぐ手段として。

 要するに、飛脚システムである。

 梅の頭の中には、ある男が浮かんでいた。

 彼を、この件に一枚噛ませたいと思っている。

 リクパッシェルイル。

 いま、彼はどこを旅しているのだろうか。
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