アリスズ

「ひどい手だな」

 ヤイクの言葉は、相変わらず容赦なかった。

 特に、エンチェルクには。

 彼女は、この国の身分制度のことをよく知っていて、それに従う人間だからだ。

 梅は、また彼女につっかかっていることに気づき、視線をそちらに投げる。

「宮殿以外で、一体どんな仕事をしているんだ、お前は」

「な、何でもありません」

「何でもないという手じゃ、ないだろう」

 両手を隠すエンチェルクを、彼はまっすぐ攻める。

 エンチェルクがすぐに折れるせいか、ヤイクのイバリ癖はなかなか治らない。

 ふぅ、とひとつ梅は吐息を吐き出した。

「エンチェルク、この書類を東翼長へ届けてくれないかしら」

 彼女は、愛すべき側仕えに、仕事を頼んだ。

 渡りに船とばかりに、エンチェルクは書類を受け取ると部屋を出て行く。

「逃がした、だろ?」

 ヤイクが、恨みがましそうに梅を見た。

「反撃出来ないと分かっている相手にしか噛みつかないのは、人のやるべきことではなくてよ」

 梅は、手元の書類から顔を上げながら、柔らかく──しかし、ぴしゃりと言い連ねた。

「別に本当のことだろう? ひどい手は、ひどい手だ。宮殿の人間に相応しくない」

 自分は一切悪くない。

 正直に思ったことを口に出しただけだ。

 ヤイクの顔には、そう書いてあった。

 彼は、まだとても若くて、狭い視界でしか物を見られない。

 困った笑みを、梅は浮かべた。

「エンチェルクはね…剣の修業をしているわ。あの手は、剣を振ったせいでマメがつぶれたせいよ」

 毎朝。

 それこそ、太陽が昇る前に起きて、彼女は道場で素振りをしているのだ。

 菊が、感心するほど熱心に。

「剣!? 女が、剣!?」

 ヤイクは、笑い出しそうになる。

「そうよ。彼女は、本気で剣を学ぼうとしているの」

 言葉には、何の余韻も乗せなかった。

 ヤイクの笑いは──薄れて消えた。
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