アリスズ

 仕えれば仕えるほど、エンチェルクは心をウメに奪われていった。

 いままで会った、どんな人とも違う。

 彼女は、ウメという存在に、どんどん心酔していったのだ。

 この人を。

 この、貴重な素晴らしい人を──何が何でも守らねば。

 エンチェルクは、豪商の娘だった。

 過去形だ。

 父は、商売に失敗をし、いまは裕福ではない。

 しかし、エンチェルクは父の羽振りのいい時代に、女性にしては良い教育を受けることが出来ていた。

 だから、テイタッドレック卿の屋敷で、働けることになったのだ。

 その基本的な知識が、ウメの側では役に立つ。

 勿論、それだけでは全然足りない。

 ウメの求める物は、彼女の知識では遠く及ばないほど高い位置にあるのだ。

 だから、エンチェルクは走った。

 それが、ウメには出来ないことだからだ。

 がむしゃらに走り、意味の分からない文書や書物を抱え込んだ。

 彼女の、役に立ちたかった。

 ウメの目指す先には、何かとてつもない素晴らしいものがあるのだと──そう思えたのだ。

 だが。

 ウメと自分の命を天秤に載せる時が来た。

 都へ向かう、荷馬車が壊れた夜。

 明らかに。

 明らかに、ウメの命の方の価値を、エンチェルクは大事に思ったのだ。

 足も震えた。

 そんな度胸、本当ならば自分にあるはずもない。

 それでも。

 どうしても、ウメの命を守りたかった。

 ああ、ああ。

 エンチェルクと。

 呼んでもらえるのが、何より幸せだったのだと。

 その時、初めて彼女は理解した。

 生き残れたのは、本当に奇跡。

 だがそれは、ウメの作った奇跡だった。

 テイタッドレック卿の子息が、彼女たちを追ってくれていたのだから。
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