アリスズ

「よろしくお願いしゃっす!」

 シェローには、さして剣の才能はないようだ。

 人並みはずれて、すばしっこくもなく、目端が利くわけでもなく、体力があるわけでもない。

 だが、毎日走って通ってくるという約束は、これまで一日たりとも違えたことはなかった。

 だから、本人の努力通りに少しずつ強くなる。

 菊は、それを楽しみ見つめていた。

 他の門下生たちにも、弟のように可愛がられ、剣の相手をしてもらっている。

「ケーコは、元気?」

 時々、彼にそう聞かれる。

「ああ、元気だよ」

 もうすぐ、結婚式とやらが執り行われるらしい。

 街は、その準備で浮かれ初めていた。

「チビたちも?」

「うるさいくらいに元気だよ」

 景子や子供の部屋に、梅と菊は顔パスで通れるようになっている。

 彼女と御曹司の、取り計らいだ。

「ケーコ…祭りにくるかなぁ」

 ぶつぶつと呟くチビすけに、菊は軽やかに笑った。

 彼女が、祭りの主役であることを考えると、なかなか滑稽な話だったのだ。

 それ以前に。

「そんなにケーコに会いたければ、道場の外に出てみるといい」

 ちょいちょいと、菊は外を指した。

「え?」

 シェローは、大慌てで木剣を置いて飛び出してゆく。

「って、ケーコ!」

「シェロー!?」

 何とも間抜けな、対面が行われている様子が、音だけでもよく分かる。

 そう。

 この道場は、内畑の側なのだ。

 彼女は、また畑に這いつくばっていたのである。

「正妃になる御方が…」

 アルテンも、菊の斜め後ろから小さく笑うのだ。

「ほんっとに…面白いね、景子さんは」

 この先のまつりごととやらが、楽しみでしょうがなかった。
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