アリスズ

「大丈夫?」

 梅は、エンチェルクを椅子に掛けさせた。

 足首が、倍ほどに腫れあがっている。

「すみません」

 彼女は、とてもいたたまれないように、小さくなってしまった。

「最近、粗忽すぎるぞ。あちこちぶつけたり、今日にいたっては階段から転げ落ちるなんて」

 ヤイクは、容赦なくそんな彼女を、上から押しつぶす。

 半年ほど経っても、この二人の関係はこんな風だ。

 そんな少年の言葉を追いやるように、梅は彼女の真正面に来て、それから膝を折った。

「誰かに…突き落とされたのでしょう?」

 見上げるようにして、エンチェルクに問いかける。

 一瞬、びくっと彼女の瞳が揺らいだ。

 ヤイクが、ひどく驚いた顔でこっちを見る。

「あの、いえ…」

 彼女は、首を横に振った。

「他の怪我も、不自然なところがあったわね」

 エンチェルクの瞳が、斜めに逃げる。

「突き落とされたって!? どうして!?」

 ヤイクが、見事に食いついてきた。

「さあ、どうしてでしょうね…あなたなら、考えれば解ける答えではなくて?」

 そんな小さな貴族に、穏やかに聞いてみる。

 ヤイクは、眉間に深い深いシワを刻んだ。

 この瞬間だけを見るなら、少年とは思えない表情だった。

「ああ…そうか」

 彼は、エンチェルクを──ではなく、梅を見た。

「梅が、目ざわりなんだな」

 はぁーっと、深い深いため息をもらす。

「梅が、めちゃくちゃな提案ばっかりして、政治をかき回すせいだ」

 悪いのは、梅。

 非常に明快な答えを、ヤイクは出してくれた。

「ご名答。ご褒美に、湿布薬を取りに行かせてあげるわ」

「それが褒美かよ!」

 ツッコミも鋭いヤイクに、梅は笑った。

「あなたは、決して階段から突き落とされたりしないから…大丈夫よ」

 東翼長の甥。

 その身分は、必ずヤイクの身を守るだろう。

 梅の言葉に──小さな貴族様は、一瞬顔をこわばらせたのだった。
< 425 / 511 >

この作品をシェア

pagetop