アリスズ

「私は、景子です」

 最初に覚えたこの国の文章が、それだった。

 長い旅は、少しずつ少しずつ新しい言葉を増やしていってくれる。

 夜の暗い月の下で野宿をする時、彼女はは寝物語のようにアディマの言葉を聞くことが出来た。

 すぐ側で、眠れるようになったのだ。

 最初は、リサーが不満をあらわにしていたが、ついにはあきらめたようだ。

 そのおかげで。

「アディマ、おはよう…いい天気ね」

 起きた後、この国の言葉で、一番最初にそう話しかけられるようになっていた。

「おはよう、ケーコ…うん、いい天気だ」

 浅い洞窟から見える外の空に、アディマはその金褐色の瞳を細める。

 景子は、最初に植物の名前を制覇していった。

 職業柄、それを覚えるのは得意だったのだ。

 花屋で扱う植物は、外来種も大変多いので、漢字ではない植物名に慣れていたおかげだろう。

 覚えた植物を、見かける度に唇の中で繰り返す。

 植物に詳しいのは、シャンデルだった。

 花の名前を聞いた時、男たちの誰も名前を知らなかったことがあったのだ。

 それにたまりかねたように、彼女が名前を口にしたのが始まりだった。

 その後、シャンデルが植物担当のような扱いになったのである。

 本人は、不承不承という様子だったが。

「ケーコ─植物─好き──?」

 部分的に、分かる言葉で理解できた。

「好き、大好き」

 つい、にこにこして答えてしまう。

 植物は、景子にいつも優しいのだ。

 昼は明るい色で、目を楽しませてくれるし、夜は光って彼女を助けてくれる。

 薄暗い森の中でも、植物の光があるおかげで、楽しく歩けるのだ。

 そんな彼女の目に。

 ひときわ光る樹木が、遠くに映った。

 何かの実をつけている──そんな色の光だったし、他の木と光り方そのものが違うのだ。

「アディマ…木…果物?」

 何とか単語を引っ張り出して、景子はアディマの意識を引いた。

 ダイが目をこらす。

「太陽…?」

 呟かれた言葉に、菊以外が一斉にそっちを見た。
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