アリスズ

 梅に害を加えた人間の話を、景子は聞かされた。

 目の前にいるのは、ダイ。

 そして景子の隣にいるのは、アディマ。

 近衛隊長の報告を、受けている状態だった。

 梅は、自分を突き落とした人間のことを覚えていて、彼女の言う特徴に合致する人間を、ダイは探していたのだ。

 齢70過ぎの老女と聞いて、心底驚いた。

 しかも、彼女は賢者の母であり、アディマの父の乳母だというのだ。

 だからこそ、70過ぎてなお、彼女は宮殿への出入りの自由を許されていた。

 一体、何故。

 何故、それほどの人間が、梅を亡き者にしようとしたのか。

「実は…」

 ダイが、非常に言いにくそうに言葉をひそめる。

「実は、彼女の孫娘は…現在、兄若宮の乳母をしております」

 瞬間。

 景子の頭の中に、ある女性の顔がよぎった。

 ハレの乳母で、上流の貴族の妻でもある。

 余りに上品すぎて、景子でもうまく話が出来ないほどだ。

 そんな人の祖母が、梅を殺そうとしたなんて。

「そうか…父の乳母か…ああ、息子の心配はしなくていい」

 茫然としている景子の横で、アディマは一つの不安の蔦を、事もなげに切った。

「あの一族ならば、イデアメリトスを害する気持ちだけは、爪の先ほどにもない」

 一度、視線が彼女を見る。

 心配はいらないと、伝えてくれるのだ。

 しかし。

 事実、梅は傷つけられてしまったではないか。

「おそらく…」

 悩ましげに、アディマはため息をつく。

「栄華の中にある一族だ。更なる欲が働いたとは思いがたい。行き過ぎた忠義心だろう」

 行き過ぎた忠義心。

 老女は、イデアメリトスを守ろうとしたというのか。

 日本人の女性から。

 しょんぼり。

 景子は──へこんでしまった。
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