アリスズ
☆
テルの乳母は、しっかりした女性だった。
というか、がっちりしているというか。
「私の息子を、是非に若宮のお側へ」
と、景子がくる度に、息子の宣伝をしてゆくのだ。
ああ、これかぁ。
アディマに聞いたことのある、側仕え志願だ。
イデアメリトスの嫁は、貴族から娶れない分、みな自分の息子や孫を、子供の側仕えにしたがる。
それが、将来賢者の地位につける近道だからだ。
最近、リサーも結婚したという。
彼もまた、近い未来に生まれる我が子を、どちらかの側仕えに上げようと考えているのだろうか。
ありえそうで、景子は笑ってしまった。
忠義と、そして栄華への思いが渦巻く中心なのだ。
景子は、テルを抱きながら、ゆっくりとわき上がる不安感にさいなまれていた。
「やぁ…景子さん」
ノッカーを鳴らして入ってきたのは、菊だった。
テルに祝福をくれた、第二の母だ。
「おっと…妃殿下、失礼いたしました」
菊は、乳母の強い視線に気づいたのか、臣下の礼を取る。
景子は、泣きそうだった。
形式とは言え、彼女にそんな態度を取らせてしまうなんて。
だが、乳母の視線は、本当に痛い。
さっきまでの景子に対する視線と、菊への視線は余りに違っていた。
出入り自由にしているはずが、これでは菊も来づらいだろう。
テルの部屋で顔を合わせたのは、最初の頃以来だったので、菊がこんな扱いをされているとは思ってもみなかった。
いや。
想像すべきだった。
景子は、ちゃんと想像すべきだったのだ。
この階級社会の中で、梅や菊がどんな立場にあるのか。
自分だけが、アディマの作った皮膜に守られ、のうのうとしている事実を知らなければならなかったのに。
「そんな顔を、若宮に見せずに…ほら、笑ってあげて」
乳母の視線など、もはや物ともせず、菊はテルを抱き上げる。
凛とした彼女の腕の中の息子は、今にも泣きそうに顔を顰めていたのだった。
テルの乳母は、しっかりした女性だった。
というか、がっちりしているというか。
「私の息子を、是非に若宮のお側へ」
と、景子がくる度に、息子の宣伝をしてゆくのだ。
ああ、これかぁ。
アディマに聞いたことのある、側仕え志願だ。
イデアメリトスの嫁は、貴族から娶れない分、みな自分の息子や孫を、子供の側仕えにしたがる。
それが、将来賢者の地位につける近道だからだ。
最近、リサーも結婚したという。
彼もまた、近い未来に生まれる我が子を、どちらかの側仕えに上げようと考えているのだろうか。
ありえそうで、景子は笑ってしまった。
忠義と、そして栄華への思いが渦巻く中心なのだ。
景子は、テルを抱きながら、ゆっくりとわき上がる不安感にさいなまれていた。
「やぁ…景子さん」
ノッカーを鳴らして入ってきたのは、菊だった。
テルに祝福をくれた、第二の母だ。
「おっと…妃殿下、失礼いたしました」
菊は、乳母の強い視線に気づいたのか、臣下の礼を取る。
景子は、泣きそうだった。
形式とは言え、彼女にそんな態度を取らせてしまうなんて。
だが、乳母の視線は、本当に痛い。
さっきまでの景子に対する視線と、菊への視線は余りに違っていた。
出入り自由にしているはずが、これでは菊も来づらいだろう。
テルの部屋で顔を合わせたのは、最初の頃以来だったので、菊がこんな扱いをされているとは思ってもみなかった。
いや。
想像すべきだった。
景子は、ちゃんと想像すべきだったのだ。
この階級社会の中で、梅や菊がどんな立場にあるのか。
自分だけが、アディマの作った皮膜に守られ、のうのうとしている事実を知らなければならなかったのに。
「そんな顔を、若宮に見せずに…ほら、笑ってあげて」
乳母の視線など、もはや物ともせず、菊はテルを抱き上げる。
凛とした彼女の腕の中の息子は、今にも泣きそうに顔を顰めていたのだった。