アリスズ

「婆は、あっさり認めたぞ」

 アディマは、父親の言葉を苦笑と共に聞いた。

 ウメ殺害未遂の容疑者の話を、前に話していたのだ。

「すました顔して、『この国の、未来のためでございます』と言い放つから大したものだ」

 年寄りは変革を嫌う。

 そして、身分のある者は、身分のない者を軽んじる。

 身分もなく、そして国に変革をもたらすウメは、この宮殿では厄介者なのだろう。

「しかし、よくもまあ図書室の隠し部屋まで、知っていたものだ。お前は知らなかったろう?」

 父は、笑いながら痛いところを突いてくる。

 図書室には、何度も何度も通いながらも、アディマはそんな部屋があることを知らなかったのだ。

「我らの、前の世代の書物が放り込んである。ほとんどが、朽ちて読めはすまいが」

 その表現に、引っかかった。

『我らの前の世代』

 我ら──それは、父やアディマを含めた、もっともっと昔の、要するに、イデアメリトスが覇権を握る前の世代、ということなのか。

 400以上の年を越えた、昔の書物。

「写本を、しないのですか?」

 朽ちてゆくまま、放っておかれる本。

 昔の知識は、そうして失われてゆくのか。

「学者たちが嫌がるだろうな…月の研究の本などを、写したがると思うか?」

 アディマは、ぞくっとした。

 禁忌の書物が、そこにはあるというのか。

 いや。

『その当時』は、禁忌ではなかったのだ。

 禁忌にしたのは──イデアメリトス。

 彼らの先祖。

「そんなことよりも、婆のことだが。宮殿に出入り禁止にすると死にかねない…さすがに、老い先短い賢者の母を、自害させるわけにもいかん」

 アディマの意識が違うところにあるというのに、父は気にせずに目の前の事案を解決しようとした。

「異国のあの女を…宮殿から下がらせろ」

 決断は、早い。

「はい、分かりました」

 アディマの決断もまた──早かった。
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