アリスズ

 梅さん!

 景子は、彼女の執務室へと急いでいた。

 梅が、この宮殿を出て行かなければならないというのだ。

 その話を聞くや、景子は行かずにはいられなかった。

「あ、これは東翼妃殿下」

 梅の側仕えの少年が、すっと身を屈める。

 子供であっても、その身のこなしは貴族の躾を受けているものだ。

 リサーの甥というだけあって、よく似ている。

 片づけの始まった部屋の中、いるのは彼だけだった。

「あの、梅さんは?」

 エンチェルクの姿もないので、一緒に外に出ているのだろうか。

「挨拶に行っています」

 義理がたい梅のことだ。

 宮殿内でお世話になったところに、別れの挨拶をしているのだろう。

「そう…」

 しょんぼりと、そして所在なく梅を待っていると、少年が自分を見ているのに気づく。

「あの、ウメなら心配いらないと思います」

 鋭くしゃべる子だ。

 自分の仕える相手を呼び捨てにしているのは、身分をしっかり把握しているからか。

「宮殿から下がるといっても、叔父の屋敷に執務室をもらいますし、これから町や町人を中心の仕事に移るので、丁度いいと言ってましたから」

 すらすらと、彼は今後の梅の行く末を説明した。

 彼の叔父、ということはリサーの屋敷ということか。

 景子は、それにほっとしたのだ。

 ちゃんと説明を聞かない内に飛び出してしまったが、アディマが梅をないがしろにするはずはない。

 逆に、こちらの方が梅の身を守ることになるのだと、そう判断したに違いなかった。

「あら…景子さん」

 ほっとしかけた彼女の耳に、梅の声が聞こえてくる。

 挨拶を終えて帰ってきたようだ。

「梅さん…」

 振り返って、それから言葉を考えようとした景子は。

 頭が──真っ白になった。

 梅の。

 おなかが。

 光っていた。
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