アリスズ

 どう、しよう。

 景子は、一人でオロオロしていた。

 梅が──妊娠している。

 その事実は、喜びよりも先に驚きであり、ついで猛烈な不安となって景子を襲ってきた。

 彼女が、誰か男の人と恋仲になっている。

 その事実が、問題なのではない。

 梅の身体が、子供を産めるかどうか、という健康面の心配だった。

 本人には、まだ自覚症状は出ていないようで。

 景子の質問を、全て怪訝に返す。

 だが、梅にこのことを、どう説明するかと考えた時、彼女は壁にぶちあたった。

 そういえば、と。

 そういえば、梅や菊には、自分の目のことを言ったことがなかった、と。

 アディマは、景子を周囲に納得させるために、魔法を使えると説明したらしい。

 その話は、梅や菊の耳にも入っているかもしれない。

 だが、具体的にどんな能力かまでは、知られていないはずだ。

 妊娠についても、いま説明しなくとも、時がたてばじきに彼女は自覚するだろう。

 自分のこの目のことを明かさず、見守っているだけでもいいのではないか。

 景子の頭の中で、ぐるぐると思考が回る。

 目の前には、梅。

 どうかしましたか、という目で、優しく見つめてくれている。

 この人の、一生を左右するかもしれないことを、景子は知ってしまったのだ。

 健康体の自分でさえ、意識がなくなりかけた出産を、梅がするというのか。

 景子は。

 両手を、梅の肩にかけた。

「梅さん…」

 興奮で、涙がこみ上げそうになる。

 ずっと、自分を変な人間だと、思っていた。

 日本にいた間、ずっとずっと。

 でも、こっちでアディマに出会った。

 そこから、たくさんの本当にたくさんの事が動き、変わったのだ。

 そう。

 梅の命のためならば──知られてもいいではないか。

「梅さんのおなかに…赤ちゃんがいます」

 決死の一言。

 なのに。

 まさか。

 梅が微笑むとは。

「まあ…嬉しい」

 ふわりと、本当に幸福そのものの微笑みを浮かべるとは。

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