アリスズ

 夕方。

 アルテンの荷馬車が、宮殿に迎えに来る。

 梅が、今日をもって宮殿から下がるように、この荷馬車の迎えも、これで終わりだ。

 彼女を荷馬車に乗せるために、アルテンが下りてくる。

 いつも通り、彼は手を差し出しかけて、ふと動きを止めた。

 おそらく、梅の雰囲気の違いに気づいたのだろう。

「アルテンリュミッテリオ…ありがとう。良い子が産めそうです」

 動かない彼に、梅は感謝の言葉を、心をこめて語った。

 アルテンは、少し驚いた顔をした後。

 改めて、もう一度手を差し伸べた。

 梅は、首をかしげた。

 いまの言葉では、通じなかったのだろうかと。

「今夜は…私のために来て欲しい」

 言われて、梅は恥ずかしくなった。

 そうだ、と。

 子供が出来たので、もう用は済みましたなんて──彼を馬鹿にしているにも程がある。

 梅にも鈍い心があるように、アルテンにも心はあるのだ。

 彼の方が、遥かに自分よりも繊細だと思った。

 それは、この10日ほどの逢瀬でも、知ったではないか。

「喜んで…」

 梅は、その大きな手を取った。

 その手は、とても優しかった。

 昔の彼など、微塵も残していないほど、本当に梅に優しかった。

 彼女の身体に、負担をかけないように、ずっと気遣ってくれた。

 この逢瀬は。

 欲を楽しむためのものではなく。

 愛を確かめるものではなく。

 幸福を噛みしめるものではなく。

 ただ、梅の望むことを叶えるためだけの、彼女のエゴで出来たいびつなもの。

 彼女は、アルテンの好意を利用したのだ。

 だが。

 なかったわけではない。

 お互い、確かめることなど決してないが。

 そこに愛が──なかったわけではないのだ。
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