アリスズ
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 ダイは、初めて官舎に他人を連れて来た。

 キクと──マリスだ。

 キクは、眠そうにしながらも、鋭く画家に針を刺す。

 その針で、縫いとめられたことに気づいたのか、マリスは視線をおどおどと動かし始めたのだ。

 まるで、悪いことをしたことを、誰かに見咎められたかのように。

「ち、違うんです…私は、別に…」

 ダイは、首を傾げた。

 何の言い訳をしようとしているのかさえ、彼には分からないのだ。

 しかし、視線は完全にダイの方へと向けられている。

 何故、自分に向かって言い訳をする必要があるのか。

「あははは…悪い悪い、追い詰める気はないんだ」

 その光景に、おかしそうにキクが笑い出した。

 マリスは、やや半泣きのような目になって、オロオロとしている。

 わ、分からない。

 ダイは、本当に何一つ理解できずに、二人を見ているしか出来なかった。

「官舎に連れてきたから、ダイがこの国の兵隊の偉いさんだって分かったんだよ」

 まず、一歩。

 キクが、言葉で溝を埋める。

 近衛隊長である自分に、何かやましいことがあるということか。

「マリスは、トーの歌の話をふたつとも聞いたんだろう。昼に歌うトー。そして…夜に歌うトー」

 キクがマリスを見ると、彼はバツが悪そうに視線をそらした。

「その上で…この画家は、夜に歌うトーを描いてみたくなったのさ。太陽の下のトーではなく」

「あのっ! そ、それは!」

 キクの暴露は、的確だったのだろう。

 マリスは、大慌てでダイに言い訳をしようとする。

 彼は、それを手で止めた。

「いい…疑っているわけじゃない」

 やっと、分かった。

 宗教画に描かれる世界は、全て昼の世界だ。

 当然である。

 イデアメリトスは、太陽なのだから。

 なのに、マリスは。

 太陽の下ではなく、月の下のトーを描きたいと思ったのだ。

 それは、とても不道徳なことだと、彼も分かっていて。

 ダイに捕まるのではないかと思い、言い訳をしようとしたのだろう。

 そんなことに、すぐに気づけないほど。

 自分が、キクに毒されていることを知るだけだった。
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