アリスズ
○
明日、アルテンが帰ってしまうという日の夜。
菊が、男を拾ってきた。
「マリスだ。トーに用があるらしいんで、その用事が済むまで道場で寝泊まりさせる」
ここの気候は、人を泊めるのに楽でいいな。
気楽に、彼女は言い放つ。
梅は、ゆっくりと男を見た。
これまで、周囲にいた男のタイプとは違う。
菊の周りには、自然と骨太の男が寄ってくるようで。
ダイに然り、トーに然り。
それに比べると、マリスという男は線が細く、気が弱そうだった。
無精した髪に、色のこびりついた爪。
独特の、油っぽい匂い。
「絵描きさんかしら?」
梅が問いかけると、マリスはこくこくと頷いた。
「奇跡を描きに来たそうな」
菊は神妙そうに言うが、目がそれを裏切っている。
楽しい瞳だ。
「奇跡を?」
彼女は何でも楽しむが、嘘は言わない。
梅が復唱すると。
「はい! 前に私は奇跡を見たんです…あ、これを、本当はこれを届けに都に来たんです!」
荷物を下ろすと、マリスはその中から丸めた紙を取り出す。
紐でくくられたそれを、梅は受け取って──解いた。
「まあ…」
梅は目を細めて、それを見た。
男と女が、描かれている。
女は、美しい枝を差し出し、それを男が受け取ろうとしている神々しい絵。
今にも、輝きだしそうな光に包まれた絵だった。
「どれどれ…何だ、景子さんと御曹司か」
菊が覗き込んで、そして、派手に笑った。
「あら、知らずにつれて来たの?」
梅が、呆れて聞くと。
「私の周辺以外にも、奇跡なんてものがゴロゴロしてると思ってたのさ」
彼女は、ゆっくりと肩をそびやかしたのだった。
明日、アルテンが帰ってしまうという日の夜。
菊が、男を拾ってきた。
「マリスだ。トーに用があるらしいんで、その用事が済むまで道場で寝泊まりさせる」
ここの気候は、人を泊めるのに楽でいいな。
気楽に、彼女は言い放つ。
梅は、ゆっくりと男を見た。
これまで、周囲にいた男のタイプとは違う。
菊の周りには、自然と骨太の男が寄ってくるようで。
ダイに然り、トーに然り。
それに比べると、マリスという男は線が細く、気が弱そうだった。
無精した髪に、色のこびりついた爪。
独特の、油っぽい匂い。
「絵描きさんかしら?」
梅が問いかけると、マリスはこくこくと頷いた。
「奇跡を描きに来たそうな」
菊は神妙そうに言うが、目がそれを裏切っている。
楽しい瞳だ。
「奇跡を?」
彼女は何でも楽しむが、嘘は言わない。
梅が復唱すると。
「はい! 前に私は奇跡を見たんです…あ、これを、本当はこれを届けに都に来たんです!」
荷物を下ろすと、マリスはその中から丸めた紙を取り出す。
紐でくくられたそれを、梅は受け取って──解いた。
「まあ…」
梅は目を細めて、それを見た。
男と女が、描かれている。
女は、美しい枝を差し出し、それを男が受け取ろうとしている神々しい絵。
今にも、輝きだしそうな光に包まれた絵だった。
「どれどれ…何だ、景子さんと御曹司か」
菊が覗き込んで、そして、派手に笑った。
「あら、知らずにつれて来たの?」
梅が、呆れて聞くと。
「私の周辺以外にも、奇跡なんてものがゴロゴロしてると思ってたのさ」
彼女は、ゆっくりと肩をそびやかしたのだった。