アリスズ

「あなた方…何者なんですか?」

 菊が道場に案内すると、燭台の灯りで照らされる、不思議な空間にマリスは好奇心を隠せないようだった。

「偉い兵士さんや、正妃様ともお知り合いだし、こんな建物を都に作るなんて」

 何者、ねぇ。

 そう聞かれても、菊には答えは沢山はないのだ。

「日本人だよ。この国じゃない、別の国から来た」

 言葉に、はっとマリスが反応する。

「日の出の国ですね!」

 余りの的確かつ反応の速さに、菊は感心した。

「正妃様の伝説で聞きました。日の出の国から来たと…あなたたちは、正妃様と同じ国から来たんですね!」

 なるほど。

 御曹司の素晴らしい宣伝は、功を奏しているようだ。

 既に景子は、民衆には伝説扱いか。

 だが、『ケイコ』という名前は、一般には明らかにされていないし、たとえされていたとしても、誰もそれを口にすることはないだろう。

 彼らが、イデアメリトス一族を名前で呼ぶことがないように、彼女もまた『正妃様』という扱いなのだ。

 そのおかげで、シェローはいまだに景子が正妃であることを知らない。

「なるほど…なるほど…素晴らしい」

 突然。

 マリスは、道場に這いつくばった。

 床の木目の配置を見、壁に張り付く。

 柱や壁の素材を、燭台で焼かんばかりに見詰め始めた。

 どうやら、彼もまた景子と同じ病気を持っているようだ。

 彼女の場合は植物だが、マリスは『美』なるものに興味が尽きないのだろう。

 道場を焼かれては困ると、菊はその燭台を奪い取った。

「ああっ」

 灯りを奪われ、彼は追いすがるように手を伸ばしてくる。

「夜が明けたら、いくらでも見ていい」

 苦笑しながら、菊は彼を置き去りにした。

 だが、ごそごそと這いずる気配は、まだ続いている。

 ゴンガラガッシャン。

 壮絶な音がした直後、ようやく静かになった。

 壁にかけてある木剣が上から降ってきて、彼の頭に直撃した映像が、菊の脳裏をよぎる。

 どうやら、これで朝まで眠ってくれそうだ。
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