アリスズ

 男は、上機嫌でリサーに代金を支払った。

 彼の傷心には、まったく気づいていないようだ。

 そのまま、彼らを先導するように歩き、酒場へと連れて行く。

 目的が酒場ではなく、その二階にある宿屋なのだと分かった。

 一部屋に、ベッドは二つずつ。

 景子は、シャンデルと一緒にされた。

 が。

 菊が、ダイと同室に放り込まれたのを見て、景子は悲鳴をあげそうになる。

 彼女の性別を、男は間違ったのだ。

「き、き、菊さん~」

 おろおろする彼女を横に、菊はまったく気にしていない様子だ。

「ああ、大丈夫…どうせ、ダイは御曹司の部屋の前で番をするから」

 冷静な言葉に、景子は心底ほっとしたのである。

 男は、本当に上機嫌でリサーに話し続けていた。

 金を稼げて嬉しいという表現以外のものを、そこに感じ取れる。

 盛んに、太陽の果実の話をするのだ。

 よほど縁起のよいものなのだろう。

 一生に一度、扱えるかどうかの品物だったに違いない。

 そのせいか。

 これから大入りになるはずの酒場そのものが、シンとしているのだ。

 酒場の主人の口からは既に、太陽の果実の甘い芳香を放たれていて、客の入りなどまったく気にしていない。

 彼らの宿泊を、本当に喜んでくれるのだ。

 0ダムという言葉の後に、リサーがようやく最悪の機嫌から戻ってきたように見えた。

 もしかして、宿泊費はタダという話になったのだろうか。

 よかったら、酒でもどうだと言う風に、酒場の主人が大瓶をかざす。

「酒──食事─」

 リサーが、苦笑しながら言葉を発すると、主人は残念そうに酒瓶を下ろして厨房へと消えて行った。

 酒より食事を出してくれ──そんなところだろうか。

 今夜は保存食ではなく、普通の食事がいただけそうだ。

 景子は、その事実に嬉しくなって、いそいそと席へと向かった。

 その時。

 ぼんやりとした光が、酒場の隅にあるのに気づく。

 人だ。

 あれ、さっきからいたっけ?

 景子が首を傾げながら、じーっとその人を見ていると。

 チャキッ。

 菊が無言で──刀を鞘から浮かしていた。
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