アリスズ

「ああ、疲れた」

 ようやく白無垢から解放された菊は、動きやすい袴で伸びをした。

 隣にいるのは、ダイ。

 仰々しい近衛の上着を脱いで脇に抱えている。

 道場には、酔い潰れた兵士たちがいくらか残っている程度。

 もういいからと、梅が二人をそこから抜け出させたのだ。

 今日は、ダイの官舎に泊まれと言われていた。

 何もかも、手抜かりのない姉妹だ。

「あんな妙な結婚式をしたのは、きっとダイ、私達だけだな」

 梅の趣向は、かなり彼女を愉快にしたのだ。

 だから、隣を歩く男に自慢したくなった。

 太陽と月と、貴族と平民と、剣術家に商人に。

 あれだけ違う方向を向いている人間たちが、ひとつの空間を共有したのは、驚くべきことだろう。

 リサーだけは、最後までうまく空気に馴染めずにいたようだったが。

「あれが…」

 ダイが。

 ぼそりと呟く。

「あれが…お前の望む世界か?」

 言葉と共に、視線が下ろされる。

「さあ、私は何でもいいだけだ。上があってもいい、下があってもいい。右も左もあってもいい」

 真面目に考え過ぎだ。

 菊は、彼の腕をぽんぽんと叩いた。

「でも、みな笑っていたろう? あれは、いいな…」

 ああいうのは、いい。

 無礼講という言葉ほどではないが、それぞれの立場を尊重しつつも、みな式を楽しんでくれていた。

 あの太陽が、月と酒を酌み交わす──そんな、すさまじい光景まで見られたのだ。

 みなが、嬉しげに子供たちを抱きかかえる。

 短い間だが、あの空間は楽園のような素晴らしさだった。

 式の記憶でいっぱいになっていた、そんな菊に。

「美しかった…」

 一言、ダイが口にした。

 多分。

 菊の姿の事だったのだろう。
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