アリスズ
-3人目のアリス-

「そうだな、海が見てみたいかな」

 大陸がとても広すぎて、菊は海を見ていなかった。

 ダイに、『何かしたいことでもあるのか?』と問われた答えだ。

「海は、いま少し…悪いな」

 だが、彼は表情を曇らせながら、菊の望みにも雲をかける。

「何だ、外国船でも来てるのか?」

 彼女の頭の中には、ペリーの黒船がどかーんと浮かんでいた。

「………」

 冗談のつもりだったのに。

 ダイは、否定もせずに黙り込んでしまう。

 まさか、図星だったとは。

「そうか、外国船が来ているのか」

 だが。

 その情報は、菊を喜ばせるだけだった。

 これこそ、海の醍醐味だ。

 その良し悪しは別として、他国との玄関口になる海。

 この国も、極地以外はイデアメリトスの支配地となっていて、異国に触れるには海しかない。

 目を輝かせてしまった菊に、ダイは頭が痛そうだった。

「東? 西?」

 船が来ている海がどっちなのか、夫に聞く。

「………」

 彼は答えず、ただじっと菊を見る。

 行かせたくないのだろう。

「じゃあ、東に行ってみるかな」

「駄目だ」

 即答だった──船は、東に来ていると答えているも同然だった。

「ダイ…」

 真面目で愚直な、愛すべき彼女の夫。

 頑丈で腕も立ち、命の心配だけはいらない素晴らしい男。

「ちょっと行ってくるよ」

 そんな男だからこそ。

 菊は、後顧の憂いもなく旅立てるのだ。

「キク…」

 ため息をつきながらも、名前を呼ばれることを幸せだと思うのは──きっと菊だけ。
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