アリスズ

 素晴らしい演奏に、テイタッドレック卿は褒美を取らせてくれるという。

 梅は、にっこりと微笑んだ。

「卿は、素晴らしい図書室をお持ちとか」

 そして、彼女は閲覧の権利を得たのである。

 更に。

 梅のお気に入りとなったエンチェルクを、ここに滞在している間、お側つきにしてもらえた。

 翌朝から。

 梅の、図書室通いが始まる。

 エンチェルクが入る許可も取っていたので、彼女と連れ立ってゆく。

 高いところの本などを、取ってもらうのだ。

 最初、エンチェルクは本に興味を示さなかった。

 しかし、余りに梅が熱心に本を読みふけっていたので、退屈だったのだろう。

 暇つぶしのように、彼女もまた本をめくり始めたのだ。

 奥方や夫人が、梅に何か用事がある時は、図書室に呼びにやらせなければならないほど、一日中こもっていた。

 そんな日が二日続いた。

 だが、明日は夫人と共に、帰らねばならない。

 一冊でも多く、梅は読みたかった。

 そんな彼女を。

「またここか…」

 アルテン坊ちゃんが、ちょいちょいお邪魔をしに来てくださる。

 図書室に、鍵をかけてしまいたいほどだった。

 エンチェルクは、読んでいた本をぱっと閉じるや、梅の後方へささっと立つ。

 調べ物の手伝いをしてもらっていると言っているので、そこまで過敏に逃げなくてもよいのに。

「何か御用ですか?」

 本から顔を上げるのが、とても惜しい。

 しかし、梅を招待した主の息子である。

 あまり邪険にも、出来なかった。

「本ばかりでは、つまらないだろう…遠乗りに誘いに来てやったぞ」

 ツラの皮の厚さは、一級品のようだ。

 またもボンボンは、大上段から斬りかかってくる。

「申し訳ありません…身体が弱いものですから、外へは余り出られないんです」

 スッパリ。

 そんなのっぽの身体を、梅は軽やかにかわしつつ、袈裟懸けに斬り捨てたのだった。
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