アリスズ

「ひゃっ…はぁ…!」

 こけつまろびつ。

 景子は、坂道を転がるように駆け下りていた。

 足はいまにももつれそうだし、喉もちぎれそうだ。

 な、なんで!?

 後ろから迫る、大きな四肢の生き物。

「グワオオオオ!」

 とか、巨体を震わす咆哮を上げながら、景子を追うのだ。

 なんで、こんなことになっちゃったのよぉーー!

 遡るのは、ほんの10分ほど前でいい。

 山越えの途中、アディマ一行は、食事を兼ねた休憩に入ったのだ。

 これ幸いと、景子は少し離れた茂みに向かった。

 生理現象である。

 休憩中、女性が一人で短い間集団を離れるのは、暗黙の了解的なものがあった。

 菊にちらとアイコンタクトだけを残し、彼女は『花を摘みに』行ったワケだ。

 さあ、元の場所に戻ろうと思った時。

 パキっと、枝の折れる音がした。

 その折れた枝が、上からぱらりと降ってきたのだ。

 えっと顔を上げると。

 そいつが、ズシィィィンっと飛び降りたのである。

 運の悪いことに、景子とアディマ一行の間に。

 ク、クマ?

 正確には違うが、要するに見るからに獰猛な獣が、景子の目の前にいたのだ。

 食べられる!?

 そう本能で察知した次の瞬間。

 景子は、走り出していた。

 獣の方に走るなんて、出来るはずがない。

「きゃあああああああ!」

 反対に向かって、命の限り駆け出したのだ。

 頭によぎるのは、菊とダイ。

 こんな時、一番頼りになるはずの二人である。

 しかし、二人とも近接武器だ。

 逆方向に逃げる景子や獣に追いつくには、時間がかかるだろう。

 いやー! 死にたくないー! たすけてーー!

 彼女は、人生の中で一番速く走るしかなかったのだった。
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