アリスズ

 夜。

 ダイの夜番に、菊も付き合っていた。

 そこへ、寝ていたはずのリサーがやってくる。

 おいでなすったか。

 ダイではなく、自分に近づく彼を、菊はゆるやかに見詰めた。

 言われることなど知っているし、とっくに覚悟も出来ているからだ。

 リサーが、ちらっと御曹司の方を見る。

 よく眠っているのか、確かめているのだろう。

 それが、とてもおかしかった。

 起きている間に御曹司に聞かれたら、絶対に止められると知っているからだろう。

 だから、内密に話を通そうとしているのだ。

 先に、ダイがため息をついた。

 彼もまた、リサーが何を考えているか分かるのか。

 だから。

 菊は、手でしゃべり出そうとする男を止めた。

「分かっている」

 まだ慣れない、こちらの言葉。

「明日…朝…早く…出る」

 単語をつなぎ合わせても、話は通じる。

 景子は、だいぶ文章になってきたが、彼女ほど熱心ではない菊はこの程度だ。

 リサーは、彼女の言葉に戸惑っていた。

 まさか、菊から切りだされるとは、思っていなかったのだろう。

 景子にすら分かるほど、ダダ漏れの気をばらまいていたクセに。

 御曹司に、何回か言葉を受けていたようだが、それでも彼のそれは治らなかった。

 忠義者だな。

 彼を、悪者だと菊は思っていなかった。

 気楽な菊とは違い、リサーには立場があるのだろう。

 主君と客を秤にかけて、客を取る家臣はいないのだ。

 御曹司のためにも、景子が邪魔だと判断したのである。

「食べ物…くれ」

 当座の食事は、必要だった。

 保存食を、担いでいるのはダイだ。

 リサーは、ダイに頷く。

 彼は、少し重そうに大きな身体を起こすと──荷物を取りに行ったのだった。
< 71 / 511 >

この作品をシェア

pagetop