アリスズ
☆
朝。
無言で、身体を揺すられる。
「ん…?」
身体は、まだ寝足りないと訴えるが、景子は何とか目を開けた。
旅の日々に、寝足りる日などありはしないのだから。
目を開けると、まだ辺りは暗い。
メガネをかけて、自分を起こした人をよく見ると──菊だった。
呼びかけようとしたら、人差し指で声を出してはいけないと伝えられる。
あ。
菊の神妙な表情に、反射的に意味を理解した。
前もって、彼女に言われていたから尚のことだ。
起きているのは、ダイだけ。
いつ寝ているのか不思議な彼は、じっとこっちを見ている。
ああ。
菊は、静かに旅立つ準備を始めていた。
景子はすぐに動けないまま、目だけでアディマの寝ているところを見つめた。
最近、リサーの機嫌が特に悪いので、側で寝るのを遠慮していたのだ。
アディマもまた、彼の機嫌の悪い理由を理解しているのか、甘んじてそれを受けているように思えた。
菊が勝手に思い立って、動いたとは思いづらい。
ということは、このことを少なくともリサーは知っているのだろう。
ダイの様子からも、それが見てとれる。
不審に思う気配も、止める気配もないのだから。
準備なんて──すぐに出来てしまう。
景子は、足を戸惑わせた。
もう一度、アディマを見る。
マントをかぶっているために、よく顔が見えない。
そんな景子の肩を、ゆっくりと菊が触れた。
でも、だって。
お別れも言ってない。
こんなに素晴らしい旅を、共に出来たお礼も言えてない。
動けない彼女を、菊は引っ張ってゆく。
引っ張った先にいたのは──ダイ。
彼の前に、菊は景子の身体を押し出すのだ。
ああ。
言いたいことがあるのならば、彼に伝えていけばいいと。
そう、菊は言いたいのだろう。
あうあう。
頭の中に、たくさんの言葉が渦巻く。
しかし、景子が捕まえられた言葉は、たった一つの日本語だけ。
「さようなら…」
朝。
無言で、身体を揺すられる。
「ん…?」
身体は、まだ寝足りないと訴えるが、景子は何とか目を開けた。
旅の日々に、寝足りる日などありはしないのだから。
目を開けると、まだ辺りは暗い。
メガネをかけて、自分を起こした人をよく見ると──菊だった。
呼びかけようとしたら、人差し指で声を出してはいけないと伝えられる。
あ。
菊の神妙な表情に、反射的に意味を理解した。
前もって、彼女に言われていたから尚のことだ。
起きているのは、ダイだけ。
いつ寝ているのか不思議な彼は、じっとこっちを見ている。
ああ。
菊は、静かに旅立つ準備を始めていた。
景子はすぐに動けないまま、目だけでアディマの寝ているところを見つめた。
最近、リサーの機嫌が特に悪いので、側で寝るのを遠慮していたのだ。
アディマもまた、彼の機嫌の悪い理由を理解しているのか、甘んじてそれを受けているように思えた。
菊が勝手に思い立って、動いたとは思いづらい。
ということは、このことを少なくともリサーは知っているのだろう。
ダイの様子からも、それが見てとれる。
不審に思う気配も、止める気配もないのだから。
準備なんて──すぐに出来てしまう。
景子は、足を戸惑わせた。
もう一度、アディマを見る。
マントをかぶっているために、よく顔が見えない。
そんな景子の肩を、ゆっくりと菊が触れた。
でも、だって。
お別れも言ってない。
こんなに素晴らしい旅を、共に出来たお礼も言えてない。
動けない彼女を、菊は引っ張ってゆく。
引っ張った先にいたのは──ダイ。
彼の前に、菊は景子の身体を押し出すのだ。
ああ。
言いたいことがあるのならば、彼に伝えていけばいいと。
そう、菊は言いたいのだろう。
あうあう。
頭の中に、たくさんの言葉が渦巻く。
しかし、景子が捕まえられた言葉は、たった一つの日本語だけ。
「さようなら…」