アリスズ

 景子は、畑に再びはいつくばっている。

 今度は、手ぶらではない。

 菊は、荷物持ちを頼まれていた。

 これが、なかなか不思議な組み合わせで。

 水を入れた桶と、よその畑で出ている豆っぽい植物の枯れ草──そして、何種類かの謎の苗。

 景子はまず、畑の植物を一株土ごと掘り出すと、水の張った桶に突っ込んだ。

 その桶を放置したかと思ったら、今度は豆っぽい植物の枯れ草を、手で細かく引きちぎり始める。

 そして、さっき土をえぐった部分に撒き散らしたかと思うと、それを練り込んでゆくのだ。

 更に、やはり練りこんだ部分は放置して、今度は畑のすぐ脇に、謎の苗を少し離してひとつずつ植えるのである。

 ひととおり終わってようやく、景子は畑から顔を上げた。

「ふぅ…」

 頬には、泥が一筋ついているが、それ以前に両手は泥だらけだ。

 菊は、そんな姿を笑ったりしなかった。

 傍から見たら、彼女は変人に見えるかもしれない。

 あのおばさんでさえ、景子の奇行を遠巻きに見ている。

 けれども、本人は真剣なのだ。

 真剣に、その連作障害とやらを乗り越えようと思っている。

 ここに長居することで、目的地に到着する日が遅れることさえ──いまの景子は、おそらく気づいていないだろう。

 まあ、いいか。

 急ぐ旅ではないのだ。

 どっしり構えるつもりになった菊の元に、景子が戻ってくる。

 汚れた手も、そのままに。

「どう?」

 一言だけ、聞いてみた。

 汗を浮かべた彼女は、菊の方に顔を向けて──それから、空に目を移す。

「そうね…夕方に一回、明日の朝に一回見たら…分かるかなあ」

 植物を扱う人は、気長な性格なのだろう。

「そう…分かった」

 菊は、ゆっくりと立ち上がり、自分の尻をはたいた。

 遠巻きに見ているあのおばさんに、今夜の宿を頼もうと思ったのだ。
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