アリスズ

 翌朝。

 景子は、答えを出したようだった。

 そして──畑は一日だけ、川の水が流し込まれ、水田に変わったのだ。

 一つの畑のみ、だったが。

 村人たちが何事かと、畑を取り囲む。

 そんな畑もかえりみず、景子は髭の男に豆の枯れ草を持って、一生懸命アピールしている。

 男は、静かに静かに景子の言うことを聞いていた。

 彼女が、小さな台風のように、この村で奔走している時。

「へぇ…」

 頭に長い布をしばりつけた男が、その水田を見て小さな驚きの声をあげた。

 菊は、視線を彼に向ける。

 見なれない男だったからだ。

 いや、菊だってこの村にいる人間を、全部知っているわけではない。

 しかし、農民には見えなかった。

 脇に置かれたしょいこには、大きな箱が二つ積んである。

 旅の行商人だろうか。

 重い荷物を背負って、長い距離を歩く商売らしく、体つきも、特に腰から足回りがしっかりしている。

 中途半端な長さのズボンから、むき出しになっている日に焼けたふくらはぎは、菊の目を奪った。

「面白いな…珍しい」

 そしてこの男もまた、水を張った畑に這いつくばるのである。

 景子と同類が、ここにもいたようだ。

 そんな男が、髭に説明している景子を確認するや歩みよる。

 水田について、質問を投げかけているようだ。

 彼女は、それにしどろもどろになりながら、一生懸命答えていた。

 髭の男に負けないくらい、熱心に話を引き出している。

 その男が、ようやく満足したように戻ってくるが──今度は、菊に視線を向けるではないか。

「面白い剣…──見せ──?」

 腰の定兼に、視線がロックオンしている。

 しっかりした眼差しで、彼女を口説こうとするが、残念ながらそれだけは承知出来なかった。

 悪い人間でないのは、よく分かる。

 だが。

 定兼は、別格なのだ。

 手入れと戦い以外で、抜く気は一切なかった。
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