一木くん

観察力


『観察力』



「ごめんなさい、寝坊しました」

今日はデートの約束をしていたというのに私は30分も遅刻してしまった。しかも今回限りではない、もう既に、4回目。

いくら気の長いあの一木でも、さすがに怒っているだろうな…そんな風に思っていたのに、私が謝罪を告げたあとの彼の一言は意外とあっさりしたものだったのだからびっくりである。

「うん、じゃあ行こうか」

しかもいつもの笑顔付き。
予想以上に彼の心は壮大なのかもしれない。

私の希望で今日は散歩と本屋巡りをすることになった。


「うわあ、この表紙可愛い」

アンティークな雰囲気を漂わせる表紙を見て

「俺は、こっちが好みかなぁ」

一木が手に取った本は、モスグリーンの背景に橙色でタイトルと著者名が表記されていてとてもシンプルだが、色調のおかげだろうか、どこか暖かい雰囲気をかもし出している。
それはとても一木に似合う雰囲気だった。

「うん、一木の好きそうな雰囲気だね」


…あれ、返事が返ってこない。この少しだけ居心地の悪い沈黙は何だろう。いつもの一木なら笑ってまぁね~と調子良さそうに相槌をうつはずなのだが。
ちょっとそっとしておいた方が良いのかも…しれない。

「私、あっち見てくるね」

そう言い残して、私は颯爽と文庫本コーナーへ向かった。


私…何か悪い発言でもしたかな。いやでも一回二回の痛い発言くらいで彼が腹を立てることはないだろう。と、すると。私が何度も彼の癇に障るようなことを口にした…に違いない。いや、断言はできないけれどその可能性は十分にある、というか高い。


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