たとえばあなたが
萌が営業部の扉を開けると、室内にはすでに千晶の姿があった。
まだ始業前だというのに、誰かと電話で話している。
「木村さん、早いですね」
萌に続いて入室した小山も驚いている。
「何かあったのかしら」
遠くて声までは聞こえないが、深刻な顔をしていた。
萌はジャケットを脱ぎながら、千晶の様子をうかがった。
すると千晶も萌に気づいて、挨拶がわりに手を振った。
萌も振り返す。
千晶はさらに耳に当てた携帯電話を反対の手で指差して、顔をしかめた。
やはり何か問題が起こったようだ。
(大丈夫かな…)
萌は千晶を気にしながら、自席についた。
まもなく始業を知らせるメロディが鳴り、社員たちが営業に出始めても、千晶はまだ電話の相手に解放されず、険しい表情をしている。
(千晶、今日は朝から外出予定のはずなのに…本当にどうしたんだろう)
周りの同僚たちも、千晶の様子を気にしながら次々と部屋を出て行った。