たとえばあなたが
こういうときの千晶は本当にずるい、と萌は思った。
(私の弱いところを突くのがうまいんだから)
萌は、千晶が行くはずだった取引先へと向かう社用車の助手席で、唇を尖らせた。
運転席では、小山が右折のタイミングをうかがっている。
(…でも、これはこれで、まいっか)
小山が一緒だから引き受けたというのが半分…いや、8割くらいか。
残りの2割は、デスクワークからの脱出。
どうせ後で必死になってやらなければいけなくなることはわかっている。
それでも萌は、目の前の誘惑には勝てなかった。
(彼の運転する車の助手席にいられるなんてラッキーよね)
社用車なのが気に入らなかったが、ちょっとしたドライブ気分を味わえることに萌は上機嫌だった。
そもそも、
『今日は本当に簡単な商談だから、お願い。お願いします!』
あそこまで懇願されては、親友として見捨てるわけにもいかない。
親友を助けたうえに憧れの人の車(ただし社用車)の助手席にいる自分。
萌は、まるで恋愛映画のヒロインになったような気分に浸った。