たとえばあなたが
そもそもの発端は、今朝、千晶が出勤してコートを脱いだ瞬間に鳴った電話だった。
(誰よ、こんな早くから)
始業時間までは、まだ40分もある。
そんな時間に千晶の社内用携帯電話が鳴ることは、滅多にない。
可能性としては取引先しか考えられないのだけれど、千晶は電話を取るのをためらった。
最近の千晶は、出勤するとまず、ビルの地下にあるコンビニに向かい、朝食を買う。
そしてまた席に戻り、朝食を摂りながら始業までの時間をゆっくり過ごすことが何よりの楽しみとなっていた。
今も、まさにコンビニで何を買おうか考えていたところだ。
「え~…どうしよう」
始業前という時間帯が、電話に手を伸ばすか否かを迷わせていた。
とはいえ、やはり社会人だ。
いち会社員としての責任感が結局千晶の手を動かすことになり、その判断が、ささやかな朝の楽しみを奪うこととなった。