たとえばあなたが
シネコンの中で最も大きい1番シアターから、大勢の人が出て行く。
皆、口々に感想を言い合ったり、ポップコーンや紙コップを捨てるゴミ箱を探したりしている。
その群れの中に、小山と千晶もいた。
「いやぁ、まさかあんなにすごいとは思わなかった」
「私も」
きっと誰もが思ったであろう感想を、改めて確かめ合う。
数ヶ月前に突然この世を去った世界的歌手の、最後の姿をおさめたドキュメンタリー映画。
ステージを所狭しと駆け回る姿が、小山の脳裏に焼きついて離れない。
エネルギッシュなパフォーマンスは、すさまじい臨場感で観る者圧倒した。
たとえば彼が、不眠症に悩まされていなければ…―
たとえばあのとき、彼が薬を投与されなければ…―
失うには早すぎた、才能。
けれど、何を思ったところで歴史に『たとえば』は通用しない。
「小山さん、私ちょっと花屋に寄りたいんですけど、いいですか?」
「もちろん」
―…時はすべてに平等で。
ときに残酷なほどに。
止まることなく、先へ進む。