たとえばあなたが
廊下では誰に聞かれるかわからないので、千晶は非常階段へ続く扉を開けた。
幸いにも風はなく、それでも空気は冷え切っていて、それは、あの地下室を思い出させた。
「……いいよ、言って」
緊張で、咽喉がカラカラに渇いている。
千晶は、何度か深呼吸をして、息を整えた。
そして非常階段と廊下を隔てる扉に背中を押し付けて、崇文の言葉を待った。
『…おばさんが…』
鉄の扉の冷たさが、千晶の背中に伝わってくる。
『秋桜のおばさんが、殺された』
真冬の澄んだ空気が、都会の街並みをくっきり映し出している。
ビルの合間を縫う迷路のような道路。
そこを行き交うカラフルな車。
春の到来を待つ、枯れた街路樹。
7階の非常階段からは、街が広く見渡せた。
それでも…―
その瞬間の千晶の目は、そのどれをも映してはいなかった。