たとえばあなたが
木村家殺害事件翌年の、1990年冬。
静岡県浜松市の町外れで、真っ黒に焼かれた死体が発見された。
焦げたドラム缶にうずくまる格好で入っており、性別もわからないほど炭のようになっていた。
遺体には、指紋はおろか、毛髪1本たりとも残っておらず、頼みの綱だった歯の治療跡も、故意につぶされていた。
身元の判別には時間がかかりそうだ…―
地元警察がそう覚悟を決めたとき、現場付近から、ビリビリに破られた紙切れが複数枚、見つかった。
つなぎ合わせてみると、それは顔写真つきの社員証だった。
とぎれとぎれの会社名の下に、はっきりと【松田聡】という記載が読み取れた。
会社の所在地が東京だとわかると、中西の先輩である鈴木刑事のもとに、すぐに情報が入った。
―…あのときの衝撃を、中西は生涯、忘れることはないだろう。
受話器を置いて、ゆっくりと視線を自分に向けたときの鈴木の目を、今でもはっきり思い出せる。
『…どうしたんすか、鈴木さん』
中西が声をかけても、鈴木はただ中西の目を見つめるだけで、何も言わなかった。