たとえばあなたが



都心から離れた墓地で、中西はコートの襟を立てて身をすくめた。

【鈴木家】と彫られた石の前に立って、線香のかわりにタバコを1本、線香立てに置いた。

煙が風に流されて、タバコはみるみる短くなっていく。



「うまいっすか、鈴木さん」

じゃあもう1本、と中西はまたタバコに火をつけた。



中西は、何かあるとここに来るのが習慣になっている。

鈴木からの返事はなくとも、話を聞いてもらうだけで安心できた。



中西にとって、すっかりベテラン刑事となった今でも、鈴木は心の支えだった。



「…鈴木さん」

中西は、冷たい地面にあぐらをかいて、背の高い墓石を見上げた。

「この間、若いカップルがね、あの事件のことを聞きに来たんです」

彼らはきっと、事件当時あの家にいた子供たちだ。

第一発見者の少年と、被害者一家の唯一の生き残りである末娘。

名乗ってこそくれないけれど、間違いないと中西は確信していた。




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