たとえばあなたが



交差点の信号が青になって、周りの人々が歩き始めた。

けれど小山はそのまま動けずに、ただ背中が濡れるのを感じていた。

歩く人の傘から落ちた雨の雫ではない。

妙な汗が、体中から湧き出ていた。



ニゲロ。



ハヤクニゲロ。



本能がそう警告していたけれど、小山はどうしても動けなかった。

やがて崇文が女性に何か声をかけたが、女性は崇文を振り返ることなく、店を飛び出した。



まるで狂ったように交差点を駆け抜けて、小山の目の前まで来ると、歩道の段差に足を取られて転んだ。

小山は一歩も動けないまま、倒れたままの女性を見ていた。



「…大丈夫ですか」



やっと体が動いて、傘も持たないその女性に、しゃがんで傘を差し出した。

女性のきつい香水の香りが、雨の匂いと混ざった。




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