たとえばあなたが
礼子は、小山の前まで人混みを掻き分け走って、そして派手に転んだ。
小山が傘を差し出したけれど、もう礼子は全身びしょ濡れで、その姿が痛々しかった。
あとを追った崇文も同じように雨に濡れながら、奥歯をきつく噛み締めた。
大丈夫ですか、などとよそよそしく言う小山に、崇文は無性に腹が立った。
「その人の顔、よく見てください」
よく見て、思い出せ。
それが、お前が捨てた婚約者の今の姿だ。
湧き上がる怒りのせいで、どれだけ雨に打たれても寒さを感じなかった。
それから長い沈黙の後、礼子が何か呟くと、小山の表情が一変した。
顔を強張らせた小山が、傘を落とした。
「…どうして…」
小山の声は雨の音にかき消されて崇文の耳まで届かなかったが、口の動きでかろうじてわかった。
―…どうして。
それはきっと、礼子だって同じ気持ちで今、ここにいるはずだ。