たとえばあなたが
崇文はそっと歩み寄って、礼子の横にしゃがみこんだ。
「大丈夫ですか、中西さん」
中西さん、を強調した。
目の前の小山がピクリと動いたけれど、わざと無視した。
礼子は、雨が真上から打ちつけるのも構わず、ずっと小山を見上げていた。
化粧が、まるで水に濡れた水彩画のように流れている。
小山はその顔を凝視して、大きく目を見開くと、礼子の肩を両手で掴んだ。
「礼…子…」
この仮面に覆われた顔のどこかに、小山しか知らない礼子の面影を見出したのだろうか。
小山はようやく、崇文が待ち望んでいた名前を口にした。
「礼子なのか。キミは…本当に…」
その声にハッと正気を取り戻し、礼子は哀しげな表情を浮かべた。
けれどそれは一瞬で、礼子はすぐに小山の手を振りほどいて立ち上がり、逃げるように交差点とは反対方向へ走り去った。